昭和55年12月11日 朝の御理解
御理解 第83節
「一年に分限者になるような心になるな。先は長いぞ。一文二文とためたのは、みてることはないが、一時に伸ばしたのはみてやすい。神信心をすれば、我慢我欲はできぬぞ。ぬれ手で粟のつかみ取りの気を持つな。人より一年遅れて分限者になる気でおれ。」
昔の先生方があのう布教に出られる例えば御道の教師を志す、いっ時でも早う布教に出たいいっ時でも早う布教に出れば、それだけ人が早く助かるという道理という分けなんですけれども、なら修行もほんろくそせずにさぁ僅かばかりの修行で布教に出るといった様な、それが昔は多いかった様ですね。もう本当に少しばかりの修行で布教に出る、それで布教という事がまぁ大変な茨の道であり難しかった。そしてとうとう布教という事がそんなに難しいものの様な、イメージすら残ってしまったという感じがします。
一文二文と貯めた、いうならば合楽でいうならば、みっちり合楽理念を体得して、しかもそれが実験実証させて頂いて、この様にも絶対だこの様にも間違いない、というものを頂いて、やはり布教に出る出らなければならない。そういう意味で合楽では二年三年修行したからというて、なかなか布教に出れませんね。本当は十年掛っても足りない位に思うんですけれども、その替りにそれを体得して布教にでたら、もうそれこそ甘木の初代ではないですけれども、もう皆が半年一年どんどん布教に出られる。
けれども教会のいろんな御都合を思われて、七年間小倉の教会で辛抱、その当時で七年の修行するなんてん、大変もうまぁなかった、珍しかった。それでも教会を中心にして、まぁ考えられたわけ、そして布教にいよいよ出られた時には、それは未知の土地であった。全然甘木というところは、地の利も分かつて居られなかったけれども、甘木へ出られた途端にそれこそ、まぁ大向こうから声が掛る様な勢いで、甘木のご比礼が輝いたといわれておりますね。
半年一年でいうなら修行した人が、十年立っても十五年立っても、大した御比礼も頂かないという、先生方が沢山おられたでしょうけれども、甘木の場合なんか当時やはり、日本一といわれる様な先生、そしてご比礼、沢山の人が助かった。そこにみっちり師匠桂松平の信心をいうならば、体得されてからの事であったからだと思うです。私は一文二文というのはそういう様な意味に、まぁ頂かせて貰わねばいけないと思う。信心をさせて頂いてもうそれこそ、合楽にお参りさえすればあッという間に。
おかげ頂くかの様な考え方をしておる人があります。というて何年経っても合楽理念一つをマスター出来ず、もちろん実験実証もせずに居ったんではこりゃつまりません。一文二文と貯め上げていく、本当に合楽理念の間違いなさ、合楽理念の素晴らしい事をいうならば実験実証によっていよいよ確信、いわゆる信心の確立を計っていきよらなければ行けません。一ぺんにおかげ頂くじゃなくてね、いうならば受け物がしっかりでけておかげ、いわゆるおかげ急ぎをしない。
おかげ急ぎをしないからというて、信心もまぁマンネリになった信心が長い間続けられても、また同んなじですけれども。一文二文貯め上げていく信心を頂きたいと思うですね。その貯め上げていく結果どういう事になるかというと、本当に今まで感じきれなかったところに有り難いと感じれる信心が、一文一文貯め上げていく信心と思うですね。信心をより実験実証して、それを積み上げていくということは、それこそもう第一あれもおかげこれもおかげという事が分かります。
一切神愛という事が分かります。もう貧乏くじは宝くじだという確信も出来ますね。そういう信心をです、私は自分の心の中にね頂きとめておるかどうか、私は今朝方から御夢を頂いたんですけれども、今度の合同結婚式はもう本当にあれだけの大変な、まぁ行事でございましたが、まぁ何ていうでしょうか、それこそ一糸乱れずあれだけの事がなされた。随分計画がしてあっ、て計画通りにいったという様な感じでしたけども、そうではなかっただと思うです。
神様のおかげ頂かねば出来る事では無かったと思うんですけれども、今朝のお夢の中にまぁそのう結婚式の用意が、まぁあっちの部屋でこっちの部屋でいろいろあってる、てんやわんやいておる訳です。そりゃあれだけの事ですからてんやわんやしますわね。やっぱり忙しいもうそれこそ目の回る様にあるけども。それがそれこそ置いたものを取る様に間違いなく忙しかったというだけの頃です、そりゃ今朝からお夢頂くのに、花嫁さんが着らにゃいかんとをお母さんが着ちゃるちゅう。
ならそれでよかよかと言うごたる風でもう。まぁそして済んだ後に、あぁ忙しい結婚式じゃったと。まぁそればってん済んだけん良かった様な、自己犠牲のところを頂いたんです。事実はそうじゃないね。もうそれこそまぁ置いたものを取るように、きちっとして忙しゅうはあったでしょう。けれどももう本当にキチッとした、おかげの中にあのう結婚式がまぁいうならスムーズに出来た。その中にはですね、例えば神様の働きがもう絶対のものであったであろうとこう思います。
前の日の結婚式をここの子供達が兄弟でが致しました。それでそのうまぁ嫁の親戚が前日から見えております。それで式が終わったその後が何んかもう手持ち無沙汰な感じがしましたからね。披露宴は明くる日で、披露宴は外に持ち込んでいくならばスムースですけども。そこにこう何にかこう手持ち不太沙のものを感じましたから。まぁ夕食、披露宴てんなんてんと言った様な、まぁ仰々しいものではなくて、夕食でもどこにか案内したらどうだろうかというて、信徒会長に話しましたら。
そげんして頂くならけば本当に良かですと申しますから。私は式が終わって小野屋に電話掛けた所が、土曜日で一杯だというのでどっこも一杯だったんです。所がもう一番あまりまぁ原鶴には2流か3流のあまり美しくないホテルが、なんか福寿壮かなんかという所なら空いとるというから。あそこで良か良か皆んなが夕食させて頂くのですから、そのう花嫁のご親戚関係のひとばっかりを、あのう案内して参りました。そしたらすぐそこの隣がここにお参りして来る、長野さんというあのうお寿司屋さんあります。
そのお寿司屋さんがそのうホテルとそのう繋がってる、そうですけども私は知りませんでしたけども。挨拶に見えて初めて知った訳なんです。でたらお母さんが大変熱心な信心をなさいますから、ある教会に大体はご神縁を頂かれておられるて。最近合楽に参って来ておる訳です。とにかく合楽の親先生が隣まで来て頂いたね。だからもうこりゃもうおかげ頂くに違いはなかばいというて、まぁその晩信心話に親子でまぁ話しておりましたと、そしてその翌日にお寿司屋さんですから魚のまぁ仕入れにネタ仕込みに行かれた。
そした帰って来てその息子さんが、もうそれこそ驚いた様にしてお母さんと妹さんに、ちょっとあんたそればってお母さんあんたが夕べ言いよった様に、親先生が隣まで来て頂いたけんでもうおかげが近づいとる、もうおかげ頂くばいと言いよったら、本当におかげといわずにおれない。ちょっとこれ見てみらんのといって、魚屋のなんですか仕切書を見せられた。ところがその仕切書の金額がね、66,666円じゃったげな。明くる日その娘さんんがねその仕切書をもって。
もう夕べはこうで今朝からこんな事がここで起りました。家中の者が喜んで6と言ゃ合楽で徳と言われる。しかも徳がというなら6が、66,666円。もう驚いてしまうて皆んなが有り難がりましたから、私はもう以前から合楽で修行させて貰いたいと思ようりましたけれども、言い出しきらんでおりましたけども、家中がおかげおかげと燃えておる時ですから、私しゃ合楽に行きたいとこう言うたら、皆んながそれにいわば賛成という訳じゃないけれども。反対をする者はおりませんでした。
というお届にその翌日参りました。昨日私は御本部で古川のところに、片江教会長栄四郎の嫁のお父さんなんですが、挨拶に見えましてその話をした事です。原鶴の○○荘で夕食を差し上げたのは、ほんの途中ちょっと私が思い付いて、まぁした事でしたから不行届きのことでしたけれども、あれがこういうおかげに繋がっておりますという話をしたんです。本当にはぁそうでしたかと言って感心しとられた。隣のすし屋さんに起こったいうならひとつの奇蹟である。
それがなら道の教師にでもなろうかという発端を作ったという事です。本当に目には見えないけれども、信心すれば目に見えるおかげより、目に見えぬおかげが多いいといわれる。今度の結婚式でもそれこそ、はぁ本当万事におかげを頂いただけに済ましておるけれども、どういう細かいところにまで神様のご演出があって、あの結婚式がスムーズに出来たかという事を改めて思います。また途中から思い付いてならそのご親戚の方を、原鶴に案内したといった様な事もです。そういう働きまでおかげ頂いておる。
その翌日まぁ結婚式が終わって、今度はもう小野屋の方が空いてましたから、あちらにお話してみんなあちらに一拍させて頂いた。ですからその今の寿司屋さんも、それを前の日から聞いておられるもんですから、あのう夜中にお寿司の差し入れがあったという事でございますね。おかげというものは繋がっているね、お互いそういう今までおかげを感じれなかったところに、おかげを感じれれると。またむねに思っておったとこに広大なおかげと分かる。
いままで知ったおかげより知らぬおかげの方が多い、その多い方のおかげを体得していく感得していく。これは合楽理念の実験実証によってそれを身に付けいく事が出来る。一文二文と貯めあげていく、そういう信心がみっちり出来ておって、いうならば始めて本当のおかげが頂かれる。昔の先生方の布教というものが、皆さんが少し信心の稽古をすると、もうとしかくいっ時でも早よういうなら出急ぎをする。
ところが甘木の先代はそうではなかった。人が一年二年で出る所を七年間辛抱されたね。みっちりと一文二文のいうなら信心を貯め上げられておられた。受け物が出来た。布教に出られた。もう甘木に出られた途端に、それこそ舞台に立った役者が、舞台に立った途端に大向こうから「あぁ」と言う声が掛る様な御比礼を受けられたね。私はみっちりひとつ一文二文と貯め上げる信心の徳を頂きたい。受けて行きたいね。
でないといよいよの時弱いのです。ここはねどういう受け方をして行けば良いかと、もう合楽理念の字引をこう引くと答えが出てくるのです。こんな残念こんなはがいいと例えば思う事でも、やぁこりゃ宝くじであったという様な頂き方が出来るようになるのですね。そういう信心を貯め上げて行くという事が、一文二文と貯め上げていくことではなかろうかと思いますね。
そして私共あれもおかげこれもおかげと実感出来る、一切神愛と分からして貰う手立てが合楽理念にゃ説いてあります。同時に今までおかげと感じきらなかった、いうならばおかげの世界がいよいよ広くなって大きくなって参ります。だから勿論広い大きなおかげにも繋がる事が出来る。長年信心しょりますちゅいうだけじゃいかんね。一枚一枚なら一文二文と貯め上げて行く信心をみっちり、言うならば身に付けて行きたいと思います。
どうぞ。